NISSEIKAN
ONLINE
本取組事例は、以下の研究成果物となります。2年間の研究期間内に全国8施設の皆さまにインタビュー調査にご協力をいただき、その結果から「行動制限最小化をめざす看護ケア実践プロセスと要因」を分析しました。本ページでは、3施設の実践プロセスを紹介します。
研究名:精神科医療機関における行動制限最小化の普及に資する研究(厚生労働科学研究費)
研究メンバー:吉川隆博(東海大学)、草地仁史(日本精神科看護協会)、荻野夏子(東海大大学)、伏見友里(東海大学)
1)行動制限最小化をめざす看護ケア実践プロセスと要因
■全体構造図
■全体構造図の説明
2)取組事例集 ― ステージ別
■ステージ①「慣習に挑む」
■ステージ②「課題の多い患者に挑戦」
■ステージ③「行動制限:しないをあたり前に挑戦」
3)取組事例集 ― 病院別
■事例A|日常的な患者対応への問題意識がきっかけとなった病院
■事例B|病院長の身体拘束最小化方針の実現に取り組んだ病院
■事例C|高齢者介護・看護の特性に向き合い取り組んだ病院
ステージ①の『慣習に挑む』は、それまでの行動制限に「問題意識」をもつことから始まっていました。多くの施設で見られるこのような状況を、どのように乗り越えていったのかに注目すると、まずは「成功しやすい場面から」取組んでいきます。取組を促進するポイントは、患者の「安全の確保」と、行動制限を行わなくても患者の安全を確保できたという、看護職員の「安心感の共有」になります。そのような臨床の変化の実感と、成功体験と積み重ねが、看護チームのダイナミクスに変化をもたらします。
ただし、行動制限最小化の取組を進めていると、なかなかうまくいかない患者・場面に出会います。ステージ②の『課題の多い患者に挑戦』では、当初難しいと頭を抱えた課題の多い患者のケアに成果を得て、看護ケアのブレイクスルーを経験し、自信と誇りをもつなど、印象的な成功体験を得ていました。その結果、看護職は看護ケアに関する価値観を拡げ、患者一人ひとりの状況に応じた個別ケアの推進と、新たなケア方法の導入によって、行動制限の回避に挑戦していきます。この段階では、取組に挫折しないよう看護職だけで課題を抱え込まず、多職種による検討や取組を行うことがポイントになります。多職種チームで取組むことが、取組の停滞と逆行を防ぐことにつながります。
それまでの取組による臨床の変化と成功体験の積み重ねは、看護ケア実践と看護職の意識に変化をもたらします。看護ケア等の工夫により、「行動制限を回避することができる」と、実感できるようになったステージ③では、看護職が医療安全などの問題解決を考えるとき「行動制限という手段・発想が出て来ない」という状態になっていました。転倒・転落などのリスクを予測し予防する手段を考え、看護チームが行動制限を回避するために、自律的に行動できるようになっていました。そのような病棟文化は看護職員の倫理的感受性を高め、行動制限『しないをあたり前に挑戦』が途切れなく続くことになります。
※内容に関連する主な研修教材を文中でリンクしています
東北地方にある本精神科病院では、車椅子安全ベルトの使用に対する「問題意識をもつ」ことから取り組みを開始した。かつては転倒防止のために多くの患者に装着していたが、家族の視点を考慮する中で「本当に必要か」との疑問が生じた。「安全の確保」と患者の意思尊重を両立するため、スタッフが代替策を検討し、患者自身で外せるシートベルト型を導入。その後、大きな事故もなく、最終的には安全ベルトを廃止。看護職員の「安心感の確保」につながり、さらなる行動制限の見直しが進んだ。
東海地方にある本精神科病院では、病院長が『身体的拘束ゼロ化4か条』を策定し、スタッフに提示した。突然の方針に不安を抱く看護職もいたが、カンファレンスで率直に意見を交わし、看護管理者が気持ちを受け止めることで、「問題意識をもつ」契機となった。業務改善により、申し送りの簡素化やリスク管理を工夫しながら「安全の確保」に努めた。こうした取り組みの積み重ねにより、看護職は自信がつき、どうすれば行動制限が回避できるかという発想にシフトチェンジしていった。
関東甲信越地方にある本精神科病院では、看護師長が『縛らない看護』に感銘を受け、病院の現状に「問題意識」を抱いた。認知症病棟開設を契機に『拘束しない看護・介護』を掲げた。身体拘束具を処分し、介護施設のノウハウを学ぶことで、点滴時の固定方法を工夫し、「安全の確保」を図った。また、患者の行動の理由を探り、直接対話することで落ち着きを促し、成功体験を共有。これまでは「自分たちが過剰な不安やこだわりを持っていた部分が大きかったのかもしれない」と、多くの看護者が実感した。
看護職は『患者さんが何をしたいのか』を重視し、「個別ケアの推進」に取り組んだ。患者の行動を問題視せず、サインを見逃さず対応する。患者中心の看護を実践するために病棟のルールを変更。ホールに見守り係を配置し、タイムリーな支援を可能にした。さらに、身体拘束の解除目標を設定し、看護職だけで抱え込まず「多職種」や行動制限最小化委員化で知恵を出し合う仕組みをつくった。これまでの危険防止を第一に考えていた看護職の「価値観に変化」が見られるようになった。
看護職は『転ばせないために制限する』発想を転換し、「個別ケアの推進」として、プレイマットの設置やセンサー活用により、転倒時の安全対策を講じた。この取り組みが「新たな価値観」の定着につながった。さらに、全職員がCVPPP研修を受講し、事務職を含めた「多職種による取組」を強化。作業療法士がリハビリに関与し、隔離解除の判断に役立てた。管理者はスタッフの不安を受け止め、安心してケアできる環境を整え、倫理的ジレンマに向き合える体制を築いた。
『転倒する人はいる。すべてを防ぐことはできない』という考えのもと、ケースワーカーと連携し、家族と密に連絡を取り信頼関係を築いた。対応が難しい患者には「個別ケア」を充実させ、職員間で成功体験を共有しながら対応を工夫した。緊急コードボタンの活用やCVPPPトレーナーによるディエスカレーションを取り入れ、状況に応じた柔軟なケアを実施。さらに、ホールに見守り係を配置したことで、安心感と看護ケアに関する「新たな価値観」を育んだ。
「予測と予防」の視点から転倒・転落リスクを事前に把握し、身体的拘束に頼らない看護が定着した。これにより、『目が届き、看れる範囲なら行動制限はしない』という考えが病棟文化として根付き、看護職の「倫理的感受性」が高まった。さらに、2010年に策定された身体的拘束廃止のガイドラインが浸透し、現在ではそれを前提としたケアが行われている。こうした取り組みを通じて、看護チームは「自律性」を持ち、主体的に判断・行動できるようになった。この変化は長年の積み重ねによるものだが、新たに入職するスタッフにとっては当然の看護観となり、後戻りしないケアの継続へとつながっている。
行動制限に関するデータを数値化・共有することで、スタッフは『後戻りしたくない』という意識の強化につながった。身体的拘束の目的と実施時間を明確にし、現状と照らし合わせることで、適切な対応が可能となった。さらに、「倫理的感受性」を高めるため、看護職は患者の特性をよく理解し、身体的拘束を避ける方法を提案するなど、「チームの自律性」が促進された。病院内には、意見を自由に言い合える文化が根付き、より良いケアを目指して皆で話し合い、取り組みを進める土壌が確立された。
『拘束しない看護・介護』の取り組みを通じて、「予測と予防」の観点から認知症患者への適切なケアが行われ、病院全体の理念として浸透した。スタッフ間では、ケアにおける感情的なモヤモヤを声に出し合い、プロセスレコードを記載して振り返りを行い、「倫理的感受性」が高められている。病院内での方針共有と外部への公表により、病院理念が守られ後戻りを防ぐ力となっている。身体的拘束をしない看護は看護職の誇りと、病院のアピールポイントになった。
■初めの一歩――きっかけ、何から取り組んだのか?
<車椅子安全ベルトは本当に必要なのか?>
東北地方にある民間の精神科病院でまず取り組んだのは、車椅子安全ベルトに対する問題意識をもつことでした。2000年ごろまでは、車いすを使用している患者さんが、急に立ちあがって転倒してしまわないかという不安から、車椅子の患者さんの多くに安全ベルトを使用していました。バックルが後ろにあるタイプなので、患者さん自身では外すことができません。
2000年、病院建て替えをきっかけに家族の面会が病室で行われるようになりました。家族という外の風が入るようになったことで、看護部では「家族の視点から行動制限している患者さんの姿はどう見えるのか」と思いを馳せるようになりました。そのような中、「安全ベルトが必要ない人もいるのではないか?」と、病棟管理者が車椅子安全ベルトの廃止を提案。ところが、スタッフからは不安や反発の声が寄せられました。
そこで、「どのような方法であれば、患者さんの意思の尊重と安全確保ができるか」と、看護職自身に代わりになるものを探してもらうことにしたのです。
看護職がカタログなどを検討して選んだのが、バックルが前にあり、患者自身ではずせるシートベルト型の安全ベルト。これなら患者さんの自由意思も保てるし、急に立ちあがるリスクもありません。
順次、患者さんに使ってみたところ、急な立ち上がりもなく、大きな事故も起こりません。例え転倒などの事故が発生しても、スタッフを責めないようにして、看護管理者が事故に遭遇したスタッフのメンタルケアを行うようにしました。このように取り組んでいく中で、シートベルト型の安全ベルトさえも段階的に廃止することができました。患者さんの表情も穏やかで、家族とベッドサイドで過ごす風景も、自然な日常風景になっていきました。
「振り返ってみると、自分たちが過剰な不安やこだわりを持っていた部分が大きかったのかもしれない」と、多くの看護者は実感しました。
このような成功体験を積み重ねる中で、さらに行動制限を減らしていく突破口が見えてくるのではないか――。そんな気持ちが芽生えるようにもなりました。
【ポイント】
▶当たり前のように行っていた安全ベルトに「問題意識」をもつことが取組のきっかけに
▶患者の意思を重視しながら、「安全が確保」できる方法をスタッフ自身で探し出した
▶安全ベルトに頼らなくても大丈夫という「安心感の共有」が、廃止への気持ちを高めた
■取り組みをさらに病棟に広げていくために――何が必要なのか
次に看護職が意識したことは、患者の言葉をよく聞き、「患者さんが何をしたいのか」に対応すること――ケアの本質とも言えることでした。
そのために、スタッフで工夫しながら、患者さん中心の看護に取り組み、病棟のルールも変えていきました。一例を紹介します。
<「問題行動として捉えない」を原則に>
例えば患者さんが椅子から立ち上がって歩こうとしても、それを問題行動として捉えるのではなく、患者さんが何をしたいのかを丁寧に聞き、その言葉を大切にして、対応すること。また、行動をする前に患者さんが示すサインを見逃さないことを大切にしました。このように患者さん一人ひとりの行動をアセスメントして、個別ケアを重視するようになっていきました。
<ホールに見守り係を配置>
「患者さんがしたい行動」にタイムリーに気づいて対応するために、病棟ルールを変更しました。その一つとして、ホールに見守り係を配置。特に急に動いてしまうなどリスクが高い人は見守り係の近くに座ってもらって、重点的に見守る体制をつくりました。患者中心に考え、迅速に個別対応ができるようになり、患者さんを我慢させることも少なくなっていきました。看護職も安心して担当の患者さんのケアを行うことができるようになり、これまでの危険防止を第一に考えていた看護職の価値観に変化が見られるようになりました。
こうした経験から、夜勤帯でも、リスクの高い患者さんは看護職の目の届く範囲で見るようにすれば、身体的拘束の必要はなくなっていくということもわかってきました。
<数値目標の作成――多職種による検討>
身体拘束の解除目標は7日以内、車椅子安全ベルトは30日以内など、数値目標を設定しました。これを超えてしまう場合は、病棟、医師、看護職だけで抱え込まずに、行動制限最小化委員会でも検討してもらうようにしました。現状を、病棟を超えた組織、多職種で把握し、知恵を出し合う仕組みを作ったのです。
また、行動制限最小化委員会が看護組織と密に関わることで、看護の取り組みへの理解を深め、患者中心の看護ができるよう、動きやすい体制整備にもつながっていきました。
【ポイント】
▶患者個々の転倒・転落リスクに応じた対応を検討し、「個別ケア」を実践することが成功への道
▶看護職だけで抱え込まず、多職種ミーティングで課題を共有し取り組みを検討する
■取組の継続――どのように変わったのか?
このような取り組みを積み重ねていく中で、「身体的拘束が第一選択ではない」という意識が浸透し、身体的拘束をしないことが当たり前という病棟文化が次第に醸成されてきました。
患者さん中心の看護を行うことで、身体的拘束の要因となる転倒・転落のリスクの予測・予防が可能となり、身体的拘束に頼らずに対応できるようになり、「目が届き、看れる範囲なら、行動制限はしない」という考えが当たり前になる。さらに自分たちの看護力に対する自信や誇りが持てるようになり、看護チームが自律的に考え行動することができるようになりました。
病院全体の基本理念として、2010年に身体的拘束を原則廃止とするガイドラインを策定しましたが、それがスタッフの中に浸透し、現在はガイドラインが前提にケアを組み立てられるようになっています。
以前から勤務している看護職者にとっては、一朝一夕に変わったとは到底言えないかもしれません。しかし、いま新たに入職してくるスタッフにとっては、当然の看護観となり、この先も後戻りをしないケアが続いていくことになるのでしょう。
【ポイント】
▶行動制限という発想をもたない病棟文化が、スタッフの「倫理的感受性」を養うことにつながる
▶看護チームの自律的な取組が、新たな組織文化として定着していく
■初めの一歩――きっかけ、何から取り組んだのか?
<看護職の不安・ネガティブな感情もお互い出しあいながら成功体験を共有>
東海地方にある民間の精神科病院では、2020年、病院長が「身体的拘束ゼロ化4か条」を策定し、身体拘束を廃止する方針を明確化して、スタッフに提示。転倒リスクを理由とした身体的拘束をしないことも示されました。この4か条のポスターは常にスタッフが意識できるように、壁に貼られました。
とはいえ、この突然示された方針に対し、不安や「怖い」という感情があることから、抵抗を示す看護職もいました。
そこで、カンファレンスではこのようなネガティブな感情を率直に出し合い、看護管理者はその気持ちを丁寧に受け止めていきました。しだいにスタッフは不安な気持ちに折り合いをつけながら、身体拘束をせずに済む方法を話し合っていきました。そのような話し合いの積み重ねが、身体的拘束に対するスタッフの「問題意識」を養うことにつながりました。
そして、みんなで考えた方法を実践し、試行錯誤を繰り返しながら、うまくいった取り組みや患者さんの変化を共有していきました。
<体制の工夫――業務改善を積極的に>
人員配置が十分に整っていないなど、看護職の負担が大きい状況も、身体的拘束に頼ってしまう要因になります。そこで、病棟内で取組みやすい業務改善から取りかかりました。
まず、申し送りの時間を短縮化するため、申し送りは特記事項のみに変更。その後に、医師と看護職でカンファレンスを行うようにしました。 点滴についても、リスクが高い患者さんは点滴を行う短時間の間だけ拘束(短時間拘束)したり、患者が寝ている時間帯にしたりするなど、安全面を確保しました。さらに、個別の患者さんのニーズに迅速に行えるように、部屋の担当を付け、業務が円滑に行えるように改善しました。
リーダーシップによる提案に対し、その実現に向け、みんなで密に話し合いながら積み重ねた成功体験。これらを糧に、対応が難しい患者さんも行動制限を解除できるのではないかという自信と「度胸」がつき、どうしたら行動制限が回避できるかという発想にシフトチェンジしていきました。
【ポイント】
▶うまくいった取り組みを共有することが、スタッフの「安心感の共有」につながる
▶看護職が取り組みやすい業務改善により、患者の「安全確保」を行うことが可能になる
▶︎病院方針(4か条)の実現に向けた取り組みが、チームダイナミクスに変化をもたらす
■どのようにして、ステップアップできたのか?
次の段階で見えてきたのは、発想の転換と、病棟と職種を超えた連携でした。
<発想の転換――「人間は動けば転ぶ、転倒してもケガをしないようにすればよい」>
「見守りを強化しても、どうしても人は動けば転んでしまう」。取り組みを進めながら、こうした現実に直面化します。そこで、「転ばせないために制限をする」という発想から、「本人の意思を尊重し、ケガをしない方法を考える」と転換し、プレイマットを床に敷き詰めたり、柱にスポンジを付けるようにしました。早めに気づけるように、センサーも使用しました。このような発想の転換が、臨床への新たな価値観を植え付けることにつながりました。
<全職員(事務職まで)が研修会に参加>
患者さんが不穏な状態になったときに早めにアセスメントし、ケアで対応できるよう、全職員にCVPPPの研修会を実施しました。みんなで対応できるよう、事務職も研修を受けることで、病院全体で患者さんへの理解が深まり、必要な体制づくりにも結びつくようになりました。
<タイムアウト、人員、手順を丁寧に踏む>
CVPPPの研修を受けたことも功を奏し、患者さんが興奮したときに、すぐ隔離・拘束を行うのではなく、コミュニケーションを丁寧にとったうえで、隔離・拘束を行うかどうかをいったんステーションに戻って検討。行うならどのぐらいの人員が必要で、どういう手順で行うかを確認するようにしました。この手順を踏むことで、スタッフ側も、落ち着いてケアの視点からの検討を行えるようになり、時間を置くことで患者さんも落ち着くことがありました。
<多職種協働がケアを豊かに>
早期のリハビリテーションに向けて保護室エリアでも作業療法士が作業療法を行い、その情報を看護計画につなげ、隔離解除のタイミングの判断材料にしていきました。看護チームの境界を越え、多職種の視点を共有し合うことで、ケアの手がかりを豊かに持てるようになりました。
<スタッフが管理者に率直な思いを表出できる>
課題の多い患者さんに取り組むにあたっては倫理的ジレンマを抱える事例が多いのが現状です。そのため、看護職は成功体験を積み重ねても、最善のケアが何なのかで悩み、「怖い」「不安だ」「うまくいかないのではないか」という思いに襲われます。
そのようなときに、不安な気持ちを表出しても、管理者は否定せずに受け止め続けました。スタッフは「自分たちが守られている」という感覚をもつことができました。
あるスタッフは「行動制限をしない方向が正しいと十分わかってはいましたが、やはり不安を拭い去ることはできませんでした。そういう不安を吐露しても、師長さんが否定せずに、じっくり聞いてくれる。だからこそ、私も師長さんについていこうと思いました」と振り返ります。
「話を聞く、思いを聞く、環境づくり」は、患者さんだけでなく、看護職にとっても必要なこと。そして、このように安心感や守られている感覚が、次第に組織文化を生み出していきます。
【ポイント】
▶全職種が研修会を受講することが、多職種全員で取組むという姿勢を根付かせている
▶看護職だけで抱え込まず、多職種の視点を共有しケアの手がかりを考える
▶︎看護管理者は、スタッフの不安や思いを受け止めることが役割になる
■取組の継続――どのように変わったのか?
<行動制限に関するデータのデータ化・共有>
積み上げてきたスタッフの努力を目に見える形で共有できるように、データ化(数値化)をはかりました。数値化することによって、「隔離拘束数を増やしたくない、後戻りしたくない」という意識も根づいてきました。
また、身体的拘束の目的と目的に応じた実施時間を明確化することで、現状と突き合わせて共有することが可能になっています。
<話し合う文化、受け止める文化が実践の裏支えに>
身体的拘束ゼロ化4か条の実現に取り組む前には、医師は看護職の人数や業務負荷などを考慮して、身体的拘束の可否を検討する場面がありました。看護職側も医師に対して自分の気持ちや意見を伝えることができないという状況がありました。現在では、患者の特性をよく理解している看護職が、身体的拘束をせずに対応できる方法を考え提案するなど、自律的な判断・行動ができるようになっています。
この病院では、みんながいつでも否定されずに話を聞いてもらえる文化が、行動制限最小化の取り組みを支え、揺るぎないものとして定着してきました。これは、行動制限最小化に限りません。患者さんへの個別ケアという観点から、よりよいケアを実践するためにみんなで話し合い、ステップアップをはかっていく――。そのような土壌が根付いています。
【ポイント】
▶看護職それぞれが自分自身の視点で個別ケアの提案をして、行動できるようになり、チーム全体としての自律性が育っていった
▶よりよいケアを検討し実践する過程で、スタッフの「倫理的感受性」が養われていく
■初めの一歩――きっかけ、何から取り組んだのか?
<「拘束しない(縛らない)看護・介護宣言」を掲げる>
関東甲信越地方にある民間の精神科病院では、ある看護師長が上川病院の田中とも江氏の書籍『縛らない看護』に感銘を受け、2000年3月、認知症病棟を開設する際に、拘束をしない病棟にしたいと決意しました。看護部長もこの思いを受け入れ、認知症病棟は「拘束しない(縛らない)看護・介護宣言」を掲げてスタートしました。
まずは、身体的拘束ができないように、病棟内のすべての身体拘束具を処分することからはじめました。
<介護施設や高齢者病院のノウハウを学び、成功しやすい場面から>
「身体的拘束という手段に頼ってしまうのは、身体的拘束以外の方法を知らないからだ」という「問題意識」をもち、介護施設、高齢者病院のノウハウを学びました。
たとえば、点滴の際に患者さんが拒否してしまうのは、点滴のルートを目にして落ち着かなくなってしまうからです。そこで治療・処置による身体的拘束の場面から考え直しました。患者さんの気持ちに思いを馳せ、点滴のルートが見えないようにタオルで巻く、下肢に点滴をする、ルートを背中から通すなど、点滴の固定方法を工夫。また、スタッフの多い日中の時間帯に点滴を終わらせるなど、時間の調整や工夫も行いました。そのような方法により点滴中の「安全の確保」ができました。
<患者の行動(落ち着かない)理由に着目する>
このような中で、しだいに患者のとらえ方や対応も変化してきました。
「どうして患者さんが暴力をふるうのか」「なぜ落ち着かないのか」。患者さんにとっては理由があります。それを患者さんに直接「今、何がしたいのか」「どうしたいのか」と聞いて、対応しました。「散歩をしたら落ち着いた」などうまくいった対応は、スタッフ間で共有しました。
看護師長は、身体的拘束を行わないことで事故が起きたとしてもスタッフを責めないようにし、安心してケアに向かえるように配慮しました。
<看護師長の思いに共感するスタッフを増やす>
このように身体的拘束が回避できる体験を積み重ねる中で、看護師長の思いに共感するスタッフは増えていきました。そして、「縛らない看護」に魅力と誇りを感じて入職を希望する看護職も増えていきました。
このようななか、ケアの工夫がさらになされることで、身体的拘束が回避できる経験が増え、病棟全体の士気も次第に上がっていきました。その結果、看護チームのダイナミクスに変化をもたらすことになりました。
【ポイント】
▶他領域や他施設の実践を知ることが、現状への「問題意識」を芽生えさせることにつながる
▶治療・処置に伴うリスクは、看護ケアの工夫により回避することができる
▶患者の行動の理由に着目し、うまくいった対応を共有することが成功体験の蓄積につながる
■どのようにして、ステップアップできたのか?
<ケースワーカーの協力を得て、家族と状況を共有し、信頼関係をつくる>
さらに行動制限最小化を進めるために、「ケアを手厚くしても高齢者には防げない転倒があることが前提。転倒する人はいる。すべてを防ぐことはできない」という考え方を基本におき、それを家族とも共有することにしました。入院時には家族に、縛らないケアを行っていること、けがのリスクを完全に防ぐことはできないことを説明。毎年1回行われている家族面接でも、同意を取るようにしました。万一ケガをした時は、すぐに家族に連絡し、意識的に家族とコミュニケーションを図ります。
また、特に事故がなくても、ケースワーカーと協力し合いながら日ごろからこまめに連絡することで、患者さんの状態や状況を共有。看護職がしっかり観察していることへの理解も進み、事故が起こった時も納得してもらえるような信頼関係が構築できるようになりました。
ケアワーカーを中心にホールの見守り係として配置したことも、看護職にとって大きな安心感と看護ケアに関する新たな価値観の育成につながりました。
<難しい患者さんへの個別ケアを充実させる>
暴力の可能性があるなどの難しい患者に対応する看護職は、緊急コードボタンを所持して勤務するようにしました。この病棟を超えたリスクマネジメント体制が、看護職の安全を守り、看護職の安心感の確保につながりました。
患者さん「個別のケア」も、さらに充実しました。例えば、患者を刺激する言葉(トリガー)を使わないように配慮したり、暴力の危険性がある患者や、こだわりがつよい患者に対して、うまく対応できたことを職員間で共有しました。
患者が興奮している時にはCVPPPトレーナーが対応したり、患者のディエスカレーションを意識して女性が対応したりするなど、対応を工夫するようになりました。
このように、家族・スタッフなど、関係者全員が関与して取り組むことで、信頼関係が深まり、取組の停滞と後戻りを乗り越える流れができていきます。
【ポイント】
▶多職種のみならず、家族とも病院の方針を共有することで安心して取組めるようになる
▶CVPPPの活用(個別性のあるCVPPP、例:怖がらせないように女性で対応するなどの配慮)
■取組の継続――どのように変わったのか?
このような取り組みを積み重ねるなかで、認知症の患者への「縛らない看護」は、病院全体の理念となり、風土となり、身体的拘束のみならず職員の倫理観の醸成にもつながっていきました。ケア場面で遭遇する感情的なモヤモヤは、スタッフ間で声に出し合い意識したり、プロセスレコードを記載することで振り返りが行われています。
病院内では「縛らない介護・看護」の方針を掲げて共有できていること、病院外に対しては、クリニカルインディケーターに身体的拘束実施率を加えて公表していることが、「縛らない看護」を守り、後戻りさせない力となっています。
入院時に方針を説明し、同意書を得る、こまめに家族に連絡するなど、より確かな信頼関係に向けた取り組みも、当たり前のシステムとして根付いています。
身体的拘束をしない看護は、看護職としての大きな誇りになっています。そして、患者さん中心のケアを行うという看護職のアイデンティティをもって働き続けられることが、やりがいのある看護につながっています。身体的拘束をしなくなってからは、看護職の定着率がアップし、病院のアピールポイントにもなっています。
【ポイント】
▶身体的拘束のみならず、看護ケア場面での倫理的ジレンマを検討することが、職員の倫理的感受性の醸成につながる
▶「縛らない看護」の方針など、看護チームが自律して取組むことが「しないを当たり前」にする看護チームを創り上げることにつながっている